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昭和58年10月22日。白糠線最終営業日のあれやこれや

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白糠線。北海道を走る根室本線白糠駅から枝分かれして北進駅まで走っていたローカル線である。初めて乗車した際も1日に3本しかなく、周遊券(道内の国鉄乗り放題)を使って効率良く道内の鉄道を乗りつぶすために、時刻表をそれこそ手あかと折り目でいっぱいになるくらい見て分析し、無茶な夜中の乗り換え(当時は夜行列車が多く走っていた)などを駆使してスケジュールを立てたものである。そんな白糠線が廃止になると聞いたら出かけない理由がない。昭和58年10月22日のことである。

 

わずか20年弱しか営業していなかった白糠線。最終日にまず訪れたのは沿線唯一の簡易委託駅・上茶路駅である。この駅では乗降客の利便を図るため、民間に委託して乗車券を販売していた。今でもそういった駅はあるが、当時は無人化された駅がそれと同時に簡易委託化されることがあった。

 

国鉄の入場券収集後、次に狙いを定めたのが簡易委託乗車券だった。四国や九州などの一部を除けば、簡易委託乗車券も硬券(自動券売機などの機械発行ではなく、硬い券)だったから、収集の価値があると考えたのだ。ただ、難易度は高かった。情報が圧倒的に少なかったからだ。

 

上茶路駅の簡易委託乗車券はすでに収集済みだったけれど、最終日付のものも欲しい。だから直接上茶路駅を訪れたのだ。駅前には多くの人がいた。乗車券売り場は、多くの場合、駅前の商店などにある。しかし、駅前には商店らしきものはなかった。観察していたら、乗車券を缶に入れて販売している人がいた。最終日だからなのか、それとも列車が来る直前のみ販売のために駅に販売員が来るシステムなのか。それはわからない。声をかけた。すると「すでに郵送依頼分で売り切れなんだ」という主旨の話だった。見せてはくれるけれど売ってはくれないとのこと。残念だが仕方ない。どちらかというと、直接訪ねてきた人を優先して販売してほしい気持ちもあったけれど、実をいうと、経験上、そんなこともあろうかと、郵送依頼もしていたのである。

 

最終列車に乗った。そこまで混んでいた記憶はない。もう暗かったので写真撮影はしなかった。最終列車の乗車証明書ももらった。折れたり汚れたりしないよう、時刻表に挟んで持ち帰った。

部外者が言うのもなんだが、どう見ても採算が取れない白糠線が廃止されたのは当然のことだろう。この後、全国で赤字ローカル線の廃止が相次ぐことになる。(令和元年8月8日)

 

昭和61年10月31日。さよなら胆振線胆振号」で奇跡の出来事…

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