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昭和61年10月31日。さよなら胆振線「胆振号」で奇跡の出来事

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昭和61年10月31日、北海道を走るローカル線・胆振線が廃止された。すでに日本全国の国鉄全線に乗車しており、新線が開業するたびに乗車する「防衛」をしつつ、次に狙いを定めたのは島巡りだった。普通に考えると国鉄の次は私鉄、となるのだろうが、正直な話、特に大都市近郊を走る私鉄にはあまり興味がなかった。北海道の大夕張鉄道とか、東北の南部縦貫鉄道津軽鉄道など、特徴的な鉄道には足を延ばしていたけれど、地下鉄などの私鉄への興味は薄かった。

 

沖縄に行きたいという感情もあった。沖縄には鉄道がなく、それゆえに足を延ばすこともなかったのだが、島巡りであれば沖縄にも行ける。自分への足枷を外したのである。そうやって南大東島などに足を延ばし(3年半ほど前にアップした南大東島などの探訪記…https://www.youtube.com/watch?v=IBEhVQO-n_o&feature=youtu.be))北は礼文島から南は波照間島まで、全国の離島めぐりなどを楽しんでいた。

 

そんな中、全国の赤字ローカル線の廃止が続いていて、時間の都合さえつけば最終列車に積極的に乗りに行った。胆振線はそれまでに恐らく2回程度しか乗っていなかったし、そこまで思い入れが深いわけではなかったけれど、もう永遠に乗れなくなると思うと、行くべきである、という結論しかない。

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さよなら胆振線の乗車証明バッジなどが配られた列車に乗車したことは覚えているが、それを上回る出来事があって、若干記憶が薄まっている。というのは、その列車の中で小学校時代の1個下の知人に出会ったのである。

 

大して混んでいなかったと思う。いつものように進行方向窓側に座って発車を待っていたところ、乗り込んできた乗客の一人が知人だった。何年振りかもわからないのに、お互いすぐに知人であることに気が付き、そこからずっと話し込んだ。聞けば、実家が胆振線の起終点付近にあり、胆振線廃止に関心があったわけではないけれど、たまたま帰省していてたまたま廃止になることを知りたまたま乗車しただけとのことだった。こんな出会いもあるんだなあと、非常に驚いた印象が大きく、珍しく駅スタンプなんかを押していたようだが、う~ん、ほとんど記憶がない。小人さんの仕業か?

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それ以来の知人との予期せぬ遭遇は、①関越自動車道のサービスエリアのトイレの中②デパートのエスカレーターの上りと下りで、くらいしかなく、最終列車での遭遇というのはかなり珍しいことだろう。(令和元年8月13日)