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気仙沼線柳津駅-気仙沼駅間の鉄道事業廃止まで1ヶ月

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気仙沼線の廃止が1ヶ月後に迫っている。

 

気仙沼線昭和32年気仙沼駅から本吉駅までが開業した。その後、前谷地駅-柳津駅間が昭和43年に柳津線として開業した。東北地方に数多あるローカル線の一つだった。

柳津線に関しては強烈な想い出があり、それはいつの日か書こうと思っているが、それはさておき、柳津駅-本吉駅間が開通し、気仙沼線が全通したのは昭和52年12月11日のことである。

 

今思い出せば、鉄道の新規開業に立ち会ったのはこの時が最初である。気仙沼線に特別な思い入れがあったわけではない。ただ、東北地方には縁戚関係者が住んでいたこともあり、青函トンネルの建設現場や蔵王などに行くなどして、心理的な近さは感じていた。

 

開業日のお祭り騒ぎは今でも記憶に残っている。前日の昭和52年12月10日に上野駅16時30分発の特急やまびこ5号に一人乗って一ノ関駅まで行き、そこから大船渡線の341ㇾに乗って気仙沼駅着が23時24分。どこで泊まったのか駅寝したのか記録も記憶もないが、翌開業日の朝5時13分発の2920Dに乗って志津川駅まで行き、7時15分発の923Dで気仙沼駅に戻り、その後また気仙沼駅発の臨時9926Dで開業気分を存分に味わった。

志津川駅での歓迎風景は微笑ましいものだったけれど、開業日だからと線路に降りて気動車の前で写真撮影する人が続出するなど、今ならSNSに投稿されて問題になるような行動も散見された。とはいえ、大きな混乱は見られなかった。その程度のお目こぼしは日常茶飯事だった。

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平成23年3月11日、東日本大震災により気仙沼線も壊滅的な被害を受けた。同年4月末には旧柳津線区間前谷地駅-柳津駅間は復旧したものの、柳津駅-気仙沼駅間はその後、BRT方式によって運行することが決まった。

今回は気仙沼線柳津駅-気仙沼駅間の鉄道事業の廃止であり、この区間が鉄道として営業する可能性が完全になくなったことを意味する。BRT方式による運行はこれまで通り続く。実質的に鉄道による復旧は誰も考えていなかっただろうから、現状を後追いしたということだ。昭和52年12月11日に開業した気仙沼線柳津駅-本吉駅間は、鉄道としての営業は34年4ヶ月間で幕を閉じた、ということに(結果として)なったわけだ。(令和2年3月1日)