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オースターを知っていますか?

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初めて、ということにあまり価値を見出さないこともあって、あらゆることの初体験というものをほとんど覚えていない。何か初めてのことをやる時は、緊張したりびっくりしたりすることが多いことは理解できるけれど、最初から成功することなんてマレだと考えているから、あまり緊張しないのである。それゆえに記憶に残りにくいのだろう。

 

自動車運転免許を取得したのは19歳くらいのことだ。夏休みを利用してストレートで取れたから、20万円はかからなかったのではないか。それでも教習所で初めて教習車に乗り、最初のカーブでどの程度ハンドルを切ればいいのか思案したのは何となく覚えている。そして初めてのドライブはある山越えでのこと。

 

田舎に帰り、そこから山を越えて自宅に帰る際、家族を乗せてオースターを運転した。当時はすでにドアミラーが主流になっていて、オースターも同様だったはずだが、わざわざフェンダーミラーに変えていたのだろう。だから運転しやすかったかといわれても、初めての運転だから比較できるわけもない。

 

霧が出る山道。ハンドルを切り忘れたら数十メートル下の谷底に落ちていくような山道。落石注意の看板がある山道。たまにサルが出没する山道。山菜を見つけたら他車の迷惑にならない場所を見つけて停止させたり、景色の良い場所や露店のある場所では狭い駐車スペースに入れたりしなければならない。初体験にしてはなかなか手強いのだ。

 

覚えているのは、その山道を運転したことだけ。恐らくその後も高速道路を運転して自宅まで帰ってきたはずだが、全く記憶がない。多少なりとも緊張しながら運転したのは山道だけだったのだろう。しかし、美しい景色や露店で買った美味いトウモロコシなどは記憶に残っている。

 

そんなフェンダーミラーのオースターだが、デートや仕事にも使った。105キロくらいを超えると警告音のキンコンという音が鳴るのは、当時の車では当たり前の機能だったはず。速度計の針が105キロに近づくと、ちょっぴり震えるような感じになるのが何とも可愛くて好きだった。しかし、120キロを超えると車全体がビリビリと震えだすような感じになって怖いから、自分なりに110キロ程度を最高速度に定めていた(速度計は±10%程度の誤差があるというし)。また、首都高速道路5号線のいわゆる熊野町カーブは、60キロでも曲がれないくらいの恐怖感があった。その後、車を変えて曲がった際に、車の性能差というものを痛烈に感じたのを覚えている。

 

まさに「箱」といった感じのオースター。平成8年まで乗ったのだったか。同年に発表された車に一目惚れし、10年乗るつもりで新車を買った。さすがにドアミラーをフェンダーミラーに変えてくれとは言わなかった。(令和2年8月9日)