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硬券入場券と簡易委託乗車券の収集

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深名線硬券入場券。全て同じ日付になっている

国鉄(現JR)の入場券を収集しようと考えたきっかけは覚えていない。恐らく、旅の記念程度に考え、到達証明書のような自己満足のために始めたのではないか。当時は、どの駅で入場券を売っているのかという情報は非常に少なかった。有人駅だと思って降りたら確かに係員はいるものの乗車券類の販売は一切していなかったり、駅に行くための道がほとんどない海水浴専用駅のような張碓駅(函館本線)では、ホームにある出札所で入場券を売っていたり。

 

深名線では、当時の有人駅全ての入場券を同じ日に購入することに成功した。朱鞠内駅のように時間的に楽勝で買える駅もあったけれど、多くの駅は降車と乗車が終わればすぐに発車する。そこで、あらかじめ封筒を用意し、その中に枚数分の硬貨と切手を貼付した返送用封筒、入場券を〇枚欲しいといった手紙を入れ、駅員さんに手渡した。入場券は欲しいけれど出札口まで行くと気動車の発車時刻が遅れてしまう。それゆえの行動だったが、多くの駅でその駅員さんがわざわざ入場券を発券してくれた。当時は、運転席の後ろで前を見ていると、運転士が手招きして運転席に入れてくれたことが何回もあったけれど、現在のようなSNS社会では大きな問題になるだろう。色々なことが今では考えられないような時代だったのだ。

 

同好の士を得たこともあって硬券入場券を中心とした(軟券やいわゆるマルス券は嫌いだった)収集は数年間続けた。どこの駅が有人駅でどこの駅で入場券を売っているのかは各鉄道管理局に問い合わせることで情報を得た。数千駅にわたる国鉄(現JR)の昭和51年以降に無人化された駅の硬券乗車券を全て集め終わってからは、シワが入っていたり、入鋏されていたり、料金変更印が押されていたりする入場券を美品に変える作業をし、昭和時代に満足できる収集品として完成を見た。

 

その後は、簡易委託乗車券の収集に励んだ。これは入場券のように収集家が多くなく、情報も各鉄道管理局に聞かないと全くわからなかった。郵送での収集がメインになったけれど、簡易委託されているのは民間の人であり、時間的な制限があったり急に取り扱いがなくなったりすることがあって苦労した。

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簡易委託乗車券の収集家は当時もかなり少なかった

今でもこれらの収集品は保管しているけれど、さすがに年月による自然劣化は否めない。4,000枚以上はあると思われるこれらの入場券&乗車券を集めるのに使った費用や時間は相当なものになるだろう。誰か777万円くらいで買ってくれないかな。(令和3年2月10日)