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誤字、変換ミスだらけの記事に辟易

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勘弁してくれ。

 

最近のネットニュースを見ながらそう思う。

 

一体いつからこんなにレベルの低い記事が増えてしまったのだろうか。

誤字や変換ミス、見出しと本文の乖離、結論が弱すぎて何を言いたいのかさっぱりわからない記事。個人が好き勝手にやっているブログ(これのことか)ではないんだからさ。

 

その昔、新聞記事に誤字誤植はほとんどなかった。それは取材する人、原稿を書く人、見出しを付ける人、レイアウトをする人、校正者と、一つの記事が読者の元に届くまでに多くの目があったからだろう。

新聞だけではない。書籍や雑誌や文庫本などの印刷物は、それなりの出版社が発売しているものであれば、そのあたりの「目」はしっかり機能していた。

たまに編集者が1人か2人で作っているエロ系雑誌などで誤字脱字の嵐みたいなことはあったけれど、「察します…」というイメージだった。

 

もちろん、今でも印刷物に誤字や変換ミスはある。しかし、ネットニュースと比べるとかなり少ない。

 

変換ミスに関しては、それなりの時間「日本人」をやっていて、1回だけでも読み返せば直せるはずである。つまり書きっ放しの原稿を垂れ流していることになる。「だからネットニュースは…」と言われる原因を作っているそんな人たちは今すぐ原稿を書く仕事を辞めるか、専門の編集者か校正者を雇うべきである。

 

見出しと本文の乖離は、多少は仕方がない面はある。いかに見出しで読者を引き付けるか。編集責任者は強い見出しを求めるからだ。どんなに良い記事であろうが、1年じっくり時間をかけた素晴らしい記事であろうが、読んでもらえなければ意味がない。記事を書いた人が付けた見出しが弱いと編集責任者が感じたらより強い見出しを考えるようにやり直しさせるか、編集責任者が自ら考えることもあるだろう。その結果が、強い見出しに引かれて読んだら内容はその見出しとは少し異なっていた…ということだ。

 

結論が「賛否両論がある」で終わる場合は、書き手の実力を疑う。見出しに使っている場合では、本当に賛否両論であることが驚きであるなら構わないが、そうでなければ面倒臭くなって付けた見出しであると判断する。どんな意見や行動にも賛否両論はあるわけで、それを見出しや結論に使うセンスを疑う。

 

ネットの発展によって多くの人が気楽で気軽で無責任に意見を公開できるようになった。それ自体は良いことだ。読み手側の確かな判断力は必要になるし、見る目のない人が偏向記事に騙されることはあるだろうし、誤字や変換ミスだらけの記事に辟易することはあるだろうが、そんな不利益を考慮しても利益のほうが大きいだろう。

 

今後も誤字や変換ミス、見出しと本文の乖離、結論が弱すぎて何を言いたいのかさっぱりわからない記事は減らないだろう。

 

書き手は一度でもいいから書いた原稿を読み返せ。そして、少なくとも自分なりに間違いのない原稿であると納得してからアップしよう。署名記事を書いている人は特に。

 

賛否両論のある記事を書いてみました。(令和4年5月3日)